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この項目では日本の中央省庁について記述しています。法務省本省の庁舎となっている歴史的建造物については法務省旧本館を、日本以外の国の官庁で「法務省」と訳されるものについては司法省_(曖昧さ回避)を、その他の用法については日本の中央省庁_(曖昧さ回避)をご覧ください。
| 国名 | JPN |
| 正式名称 | 法務省 |
| 公用語名 | ほうむしょう |
| 紋章 | Japanese Crest GosannKiri.svg |
| 紋章サイズ | 100px |
| 画像 | Homusho.jpg |
| 画像サイズ | 280px |
| 画像説明 | 法務省が設置される中央合同庁舎第6号館A棟 |
| 主席閣僚職名 | 大臣 |
| 主席閣僚氏名 | 千葉景子 |
| 次席閣僚職名 | 副大臣 |
| 次席閣僚氏名 | 加藤公一 |
| 補佐官職名 | 大臣政務官 |
| 補佐官氏名 | 中村哲治 |
| 次官職名 | 事務次官 |
| 次官氏名 | 大野恒太郎 |
| 下部組織1 | 内部部局 |
| 下部組織概要1 | 大臣官房、民事局、刑事局、矯正局、保護局、人権擁護局、入国管理局 |
| 下部組織2 | 審議会等 |
| 下部組織概要2 | 司法試験委員会、検察官適格審査会、中央更生保護審査会、日本司法支援センター評価委員会、法制審議会、検察官・公証人特別任用等審査会 |
| 下部組織3 | 施設等機関 |
| 下部組織概要3 | 刑務所、少年刑務所、拘置所、少年院、少年鑑別所、婦人補導院、入国者収容所、法務総合研究所、矯正研修所 |
| 下部組織4 | 特別の機関 |
| 下部組織概要4 | 検察庁 |
| 下部組織5 | 地方支分部局 |
| 下部組織概要5 | 矯正管区、地方更生保護委員会、法務局、地方法務局、地方入国管理局、保護観察所 |
| 下部組織6 | 外局 |
| 下部組織概要6 | 公安審査委員会、公安調査庁 |
| 所在地 | 東京都千代田区霞が関1丁目1番1号 |
| 定員 | 51,899人 (本省50,381人(うち、検察庁職員11,580人)、公安審査委員会4人(事務局職員)、公安調査庁1,514人) (2007年4月1日施行) |
| 年間予算 | 6511億2100万円 |
| 会計年度 | 一般会計、2007 |
| 設置年月日 | 1952年8月1日 |
| 前身 | 法務府 |
| ウェブサイト | 法務省 |
法務省(ほうむしょう。)は、日本の行政機関の一つ。
基本法制(民法、刑法、商法、民事訴訟法、刑事訴訟法など)の維持及び整備、法秩序の維持、国民の権利擁護、国の利害に関係のある争訟の統一的かつ適正な処理並びに出入国の公正な管理を図ることを任務とする(法務省設置法3条)。
概要
法務省は、司法制度、民事行政(国籍、戸籍、登記、供託)、刑事・民事法の立案、検察、矯正、更生保護、国の利害に関係のある争訟、人権擁護、出入国管理、公安調査、司法書士、土地家屋調査士に関すること等をその所管事項とする。
法務省では桐紋を省の象徴として使用することが多い。桐紋は内閣や法治国家の象徴としても扱われるが、法務省では桐紋のなかでも主に五三桐を用いる。
沿革
法務省の沿革は、明治維新後の1869年(明治2年)に設置された刑部省にまで遡るが、直接の前身は1871年(明治4年)7月9日に設置された司法省とされる。司法省は、裁判所の監督など、司法行政事務を含む広範な法務・司法に関する事務を司っていた。
第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)5月3日、三権分立体制を明確にした日本国憲法および裁判所法の施行により、裁判所関係の司法行政事務は最高裁判所(最高裁判所事務総局)の所管に移された。翌1948年(昭和23年)2月15日には司法省が廃止されて、法務全般を司る政府の最高法律顧問府として法務庁が設置された。法務庁は、1949年(昭和24年)6月1日の行政機構改革により、法務府に改称されて内部部局が簡素化された。
そして、1952年(昭和27年)8月1日の行政機構改革により、法務府は法務省と改称され、法制に関する事務を内閣法制局に再び移管するなど、機構の大幅な整理が行われた。なお、このときから、国家行政組織法別表において各省の筆頭に掲げられ、法務省は政府の各府省の建制順(列記する際の序列)では、内閣総理大臣が主任の大臣を務める総理府に次ぐ位置であった。
2001年(平成13年)1月6日の中央省庁再編により、現行の法務省設置法が施行され、序列は総務省に次ぐ位置となっている。
略歴
- 1952年(昭和27年)8月1日:行政機構改革により、法務府を法務省と改称(長は法務大臣)。
組織
幹部
- 法務事務次官
内部部局
- 大臣官房
- 訟務総括審議官
- 司法法制部
審議会等
施設等機関
特別の機関
地方支分部局
外局
- 事務局
- 公安調査庁研修所(施設等機関)
- 公安調査局(地方支分部局)
- 公安調査事務所(地方支分部局)
現役の在籍幹部
(2007年1月16日現在)
法務事務次官
| 氏名 | 在任期間 | 前職 | 後職 |
|---|---|---|---|
| 清原邦一 | 1952.8.1 - 1955.1.26 | 刑政長官 | 次長検事 |
| 岸本義廣 | 1955.1.26 - 1957.7.23 | 次長検事 | 東京高等検察庁検事長 |
| 馬場義續 | 1957.7.23 - 1961.12.22 | 最高検察庁検事 | 東京高等検察庁検事長 |
| 竹原精太郎 | 1961.12.22 - 1964.7.1 | 仙台高等検察庁検事長 | 次長検事 |
| 竹内壽平 | 1964.7.1 - 1967.11.2 | 刑事局長 | 東京高等検察庁検事長 |
| 大澤一郎 | 1967.11.2 - 1969.3.4 | 最高検察庁刑事部長 | 次長検事 |
| 津田實 | 1969.3.4 - 1972.6.29 | 札幌高等検察庁検事長 | 退職 |
| 神谷尚男 | 1972.6.29 - 1975.1.25 | 東京地方検察庁検事正 | 東京高等検察庁検事長 |
| 鹽野宜慶 | 1975.1.25 - 1977.3.22 | 東京地方検察庁検事正 | 東京高等検察庁検事長 |
| 安原美穗 | 1977.3.22 - 1979.8.21 | 刑事局長 | 東京高等検察庁検事長 |
| 伊藤榮樹 | 1979.8.21 - 1981.7.23 | 刑事局長 | 次長検事 |
| 藤島昭 | 1981.7.23 - 1983.12.2 | 東京地方検察庁検事正 | 次長検事 |
| 前田宏 | 1983.12.2 - 1985.12.19 | 刑事局長 | 東京高等検察庁検事長 |
| 筧榮一 | 1985.12.19 - 1988.6.17 | 刑事局長 | 東京高等検察庁検事長 |
| 岡村泰孝 | 1988.6.17 - 1990.6.13 | 刑事局長 | 次長検事 |
| 根來泰周 | 1990.6.13 - 1993.12.22 | 刑事局長 | 東京高等検察庁検事長 |
| 濱邦久 | 1993.12.22 - 1996.1.16 | 刑事局長 | 東京高等検察庁検事長 |
| 則定衛 | 1996.1.16 - 1998.6.23 | 刑事局長 | 東京高等検察庁検事長 |
| 原田明夫 | 1998.6.23 - 1999.12.22 | 刑事局長 | 東京高等検察庁検事長 |
| 松尾邦弘 | 1999.12.22 - 2002.1.18 | 刑事局長 | 次長検事 |
| 但木敬一 | 2002.1.18 - 2004.6.25 | 大臣官房長 | 東京高等検察庁検事長 |
| 樋渡利秋 | 2004.6.25 - 2006.6.30 | 刑事局長 | 広島高等検察庁検事長 |
| 大林宏 | 2006.6.30 - 2007.7.10 | 刑事局長 | 札幌高等検察庁検事長 |
| 小津博司 | 2007.7.10 - 2009.7.14 | 刑事局長 | 札幌高等検察庁検事長 |
| 大野恒太郎 | 2009.7.14 - | 刑事局長 | |
問題点
組織の問題点
法秩序を維持する官庁ゆえの権威主義、行刑密行主義に代表される秘密主義が指摘されている。
2002年の名古屋刑務所における受刑者死亡事件、検察庁での「調査活動費」不正流用疑惑などの不祥事が明るみに出た。
法務省の要職を検事が占める現状には異論もあり、但木敬一は、犯罪者の更生を担当する矯正局、保護局などのトップは検事にこだわらず適材適所で考えた方がいい時代になったと思うと述べている。
法務省の人権問題
少年犯罪に対する加害者への人権には配慮しており、1997年の神戸連続児童殺傷事件の際、実名報道をした『FOCUS』などの複数の雑誌に対し法務省が削除要請を行った。また、『週刊新潮』の実名報道に対しても、たびたび是正勧告を行っている。しかし刑務所や入国者収容所といった人権に制限を加える機関を持つ官庁が人権擁護活動を行うのは問題があるという意見もある。
また、女性や在日外国人などの人権にも配慮がされており、毎年11月の人権週間では女性の人権を真っ先に取り上げ、DVやセクハラの無料相談を受け付けている。在日外国人に対しても人権侵害の問題を多く取り上げ外国人差別をしてきたホテル・銭湯等に是正を勧告したことがある。
更にインターネット上の書き込みについても名誉毀損として法務省は厳しい姿勢を見せている。
しかしその他の人々(特に男性)の人権配慮は無きに等しい。例えば痴漢冤罪などの冤罪事件には特段の対策をとる様子もなく、むしろ「やむを得ない」といった見方をしているという。また、自殺の増加についても「男性が弱くなった為」として大きく取り上げることはなかった。女性から男性へDVは無視続けてきた結果、ついに週刊現代2010年3月6日には「夫に早く死んでほしい妻たち」と言った男性の人格を完全否定するような記事までが掲載された。
また労働関係の人権についてはセクハラ関係については熱心だったが、過労死や過労自殺、また偽装請負や派遣労働者の増加の問題等については無関係を決めてきた。これが2008年からの金融危機における派遣労働者の大量解雇、ホームレス増加につながったと言える。
新司法試験漏洩問題における法務省の対応
2007年度新司法試験における慶應義塾大学教授による類題講義では、当該行政法教授の考査委員解任以降、司法試験委員会による調査結果により、影響が明らかでないとして何ら是正措置はとられなかった。
ただ、その調査方法は問題の渦中にあったと指摘された複数の慶大教授らの自己申告を調査報告とし、さらに自己申告を任意とし、申告なき者は当該調査から外されるなど不可解な点が多く指摘されている。また解任された行政法の教授に対するヒアリングなども為されていない。
これは、行政法同様に漏洩が指摘されていた刑事法では現職の派遣検察官が講義を行っていた為とされ、また、法務省が当初から結論ありきに終始していた為とも指摘されている。
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ファイル:Homusho-akarenga1.jpg|中央合同庁舎六号館赤煉瓦棟外観
ファイル:MoJ0932.jpg|中央合同庁舎六号館赤煉瓦棟外観
ファイル:Ministry of Justice Japan02s3200.jpg|中央合同庁舎六号館赤煉瓦棟外観