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天つ罪・国つ罪(あまつつみ・くにつつみ)とは、神道における罪の観念で、『延喜式』巻八「祝詞」に収録される大祓詞に対句として登場する。天津罪・国津罪とも書く。
天つ罪・国つ罪は、宗教と政治と法制が密接であった古代日本における「罪」に対する考え方を窺い知るのに重要であるが、本居宣長以来指摘されているように天つ罪・国つ罪は宗教的に関わりの深い「罪」を挙げたものであり、これらに属しない世俗的な「罪」が存在していた事は『古事記』・『日本書紀』の中にも記されている。
折口信夫は、天つ罪は元は「雨障(あまつつみ)」で、梅雨の時期に農民が忌み蘢ることを指していたが、それが「天つ罪」とされ、日本神話におけるスサノオ命が高天原で犯した行為(岩戸隠れを参照)と解釈されるに至り、それに対応するものとして「国つ罪」が作られたという説を唱えている。
大祓詞による天つ罪・国つ罪は以下のものである。なお、大祓詞には罪の名前が書かれているだけで、特に国つ罪についてそれが何を意味するかについては諸説がある。
天つ罪
『古事記』や『日本書紀』に記すスサノオ命が高天原で犯した行為に由来するとされるが、全て農耕を妨害する人為的な行為であることから、クニ成立以前の共同体社会以来の犯罪であろうとされる。
- 畔放(あはなち) - 田に張っている水を、畔を壊すことで流出させ、水田灌漑を妨害することとされ、『古事記』・『日本書紀』にスサノオ命が高天原において天照大神の田に対してこれを行ったと記している
- 溝埋(みぞうめ) - 田に水を引くために設けた溝を埋めることで水を引けないようにする灌漑妨害で、これも『古事記』・『日本書紀』に記述がある
- 樋放(ひはなち) - 田に水を引くために設けた管を壊すことで水を引けないようにする灌漑妨害で、『日本書紀』に記述がある
- 頻播(しきまき) - 他の人が種を蒔いた所に重ねて種を蒔いて作物の生長を妨げること(種を蒔く事で耕作権を奪うこととする説もある)で、『日本書紀』に記される
- 串刺(くしさし) - 『日本書紀』には、その起源をスサノオ命が高天原において天照大神の田を妬んでこれを行ったと記しているが、その目的は収穫時に他人の田畑に自分の土地であることを示す杭を立てて横領すること、とする他に、他人の田畑に呪いを込めた串を刺すことでその所有者に害を及ぼす(または近寄れないようにした上で横領する)という呪詛説、田の中に多くの串を隠し立てて所有者の足を傷つける傷害説、家畜に串を刺して殺す家畜殺傷説の3説がある
- 生剥(いきはぎ) - 馬の皮を生きながら剥ぐこととされ、『日本書紀』にスサノオ命が天照大神が神に献上する服を織っている殿内に天斑駒(あまのふちこま)を生剥にして投げ入れたとその起源を記していることから、神事(ないしはその準備)の神聖性を侵犯するものとされるが、本来は単に家畜の皮を剥いで殺傷することとの説もある
- 逆剥(さかはぎ) - 馬の皮を尻の方から剥ぐこととされ、『古事記』『日本書紀』に生剥と同じ起源を記していることから、これも神事の神聖性を侵犯するものとされるが、本来は単に家畜を殺傷することとの説があるのも同様である
- 糞戸(くそへ) - 『古事記』『日本書紀』にはスサノオ命が高天原において天照大神が大嘗祭(または新嘗祭)を斎行する神殿に脱糞したのが起源であると記していることから、これも神事に際して祭場を糞などの汚物で汚すこととされるが、また「くそと」と読み、「と」は祝詞(のりと)の「と」と同じく呪的行為を指すとして、本来は肥料としての糞尿に呪いをかけて作物に害を与える行為であるとの説もある
国つ罪
国つ罪は病気・災害を含み、現在の観念では「罪」に当たらないものもある点に特徴があるが、一説に天変地異を人が罪を犯したことによって起こる現象と把え、人間が疵を負ったり疾患を被る(またこれによって死に至る)事や不適切な性的関係を結ぶ事によって、その人物の体から穢れが発生し、ひいては天変地異を引き起こす事になるためであると説明する。またその中のいくつかには、天武天皇朝における薬師如来信仰がその背景にあったと指摘されている。すなわち、天武天皇朝に薬師信仰が存したことは『日本書紀』に記載を見るが、薬師信仰の一つには病気や災害を取り除くといった現世利益的な目的があり、そのために『薬師如来本願功徳経』(『薬師経』)の語句から採用されたものもあるのではないかとの指摘である。
- 生膚断(いきはだたち) - 生きている人の肌に傷をつけることで、所謂傷害罪に相当する
- 死膚断(しにはだたち) - 直接的解釈では、死んだ人の肌に傷をつけることで、現在の死体損壊罪に相当し、その目的は何らかの呪的行為にあるとされるが、また前項の生膚断が肌を傷つけられた被害者がまだ生存しているのに対し、被害者を傷つけて死に至らしめる、所謂傷害致死罪に相当するとの説もある
- 白人(しらひと) - 肌の色が白くなる病気で、「白癩(びゃくらい・しらはたけ)」とも呼ばれ、所謂ハンセン病の1種とされるが、これが国津罪の一として現れるについては、『薬師経』に薬師如来が菩薩行を行った時に12の大願を起こし、その6番目で人間の様々な病患も薬師如来の名前を聞けば全て取り除かれるであろうと説き、その病患の具体例を「其身下劣、諸根不具、醜陋頑愚、聾盲跋躄、身攣背傴、白癩癲狂、」と挙げており、ここに挙げられた「白癩」が相当するとの説がある
- 胡久美(こくみ) - 背中に大きな瘤ができること(所謂せむし)で、上記『薬師経』の「身攣背傴」に由来するとの説がある
- 己(おの)が母犯せる罪 - 実母との相姦(近親相姦)
- 己が子犯せる罪 - 実子との相姦
- 母と子と犯せる罪 - ある女と性交し、その後その娘と相姦すること
- 子と母と犯せる罪 - ある女と性交し、その後その母と相姦すること(以上4罪は『古事記』仲哀天皇段に「上通下通婚(おやこたわけ)」として総括されており、修辞技法として分化されているだけで、意味上の相違はないとの説もある)
- 畜犯せる罪 - 獣姦のことで、『古事記』仲哀天皇段には「馬婚(うまたわけ)」、「牛婚(うしたわけ)」、「鶏婚(とりたわけ)」、「犬婚(いぬたわけ)」と細分化されている
- 昆虫(はうむし)の災 - 地面を這う昆虫(毒蛇やムカデ、サソリなど)による災難であるが、『薬師経』に「悪象・師子・虎狼・熊羆・毒蛇・悪蝎・蜈蚣・蚰蜒、如是等怖」も薬師如来に祈れば取り除かれるであろうと説いており、ここに挙げられた「毒蛇」以下が相当するとの説もある
- 高つ神の災 - 落雷などの天災とされるが、『薬師経』の影響を勘案して、『薬師経』にある「夜叉・羅刹・毘舎闍等、諸悪鬼神」を踏まえた広い意味での悪神による災害とする説もある
- 高つ鳥の災 - 大殿祭(おおとのほがい)の祝詞には「飛ぶ鳥の災」とあり、猛禽類による家屋損傷などの災難とされるが、これも『薬師経』に「怪鳥来集」とあるのが基になったものとの説がある
- 畜仆し(けものたおし)、蠱物(まじもの)する罪 - 家畜を殺し、その屍体で他人を呪う蠱道(こどう)のことであるが、これも『薬師経』に薬師如来の力で人々の悪行が全て消滅するであろうと説いている中の、「告林神・樹神・山神・塚神・種々別神、殺諸畜生、取其血肉、祭祀一切夜叉羅刹食血肉者、書怨人字、并作其形、成就種々毒害呪術・厭魅蠱道・起屍鬼呪、欲断彼命、及壊其身」の句、特に「殺諸畜生」以下が基になったものとの説もある
現状
神社本庁およびその配下の神社で用いられる大祓詞では、国つ罪に差別的な表現があるとして、天つ罪・国つ罪の罪名の部分はカットされている。すなわち、現在の大祓詞で「天つ罪 国つ罪 許許太久(ここだく)の罪出でむ」となっている部分は、本来は「天つ罪と 畦放 溝埋 樋放 頻蒔 串刺 生剥 逆剥 屎戸 許多の罪を天つ罪と法(の)り別(わ)けて 国つ罪と 生膚断 死膚断 白人 胡久美 おのが母犯せる罪 おのが子犯せる罪 母と子と犯せる罪 子と母と犯せる罪 畜犯せる罪 昆ふ虫の災 高つ神の災 高つ鳥の災 畜仆し蟲物する罪 許多の罪出でむ」である。
参考文献
- 青木紀元『祝詞古伝承の研究』国書刊行会、1985年
- 青木紀元『祝詞全評釈』右文書院、1995年
関連項目
カテゴリ:神道