TOP > 千葉景子
| 現年齢 | 62 |
| 生年月日 | 1948年05月11日 |
| 人名 | 千葉 景子 |
| 各国語表記 | ちば けいこ |
| 画像 | Chiba Keiko 1-2.jpg |
| 画像サイズ | 80px |
| 画像説明 | 2009年10月16日、法務省にて |
| 国略称 | JPN |
| 出生地 | 横浜市保土ケ谷区 |
| 出身校 | 中央大学法学部卒業 |
| 前職 | 弁護士 |
| 所属政党 | (日本社会党→) (社会民主党→) (旧民主党→) 民主党(横路グループ) |
| 称号・勲章 | 法学士 |
| 世襲の有無 | 無 |
| ウェブサイト | http://www.keiko-chiba.com/ |
| サイトタイトル | トマトクラブ |
| 国旗 | JPN |
| 職名 | 第83代 法務大臣 |
| 内閣 | 鳩山由紀夫内閣 |
| 就任日 | 2009年9月16日 |
| 退任日 | 現職 |
| 国旗2 | JPN |
| 職名2 | 参議院議員 |
| 選挙区2 | 神奈川県選挙区 |
| 当選回数2 | 4回 |
| 就任日2 | 1986年 |
| 退任日2 | 現職 |
千葉 景子(ちば けいこ、1948年(昭和23年)5月11日 - )は、日本の政治家、法律家。参議院議員(4期)、法務大臣(第83代)、弁護士。
人物像
交友関係
土屋公献、金政玉、川村一之(戦争被害調査会法を実現する市民会議事務局長)らが支援者として紹介されている。2>
経歴
政界入りまで
横浜国立大学学芸学部附属横浜中学校を経て東京学芸大学附属高等学校を卒業し、1971年(昭和46年)中央大学法学部を卒業する。1982年(昭和57年)弁護士登録。横浜弁護士会に所属。弁護士としては、厚木基地爆音訴訟、富士見産婦人科病院事件、宇都宮病院事件を担当する。
社会党時代
弁護士活動を通じて日本社会党と関係が生まれ、所属していた弁護士事務所長からの薦めもあり、1986年(昭和61年)第14回参議院議員通常選挙に日本婦人会議神奈川県本部の支援を受け[http://www17.plala.or.jp/i-josei/history/index.htm、社会党公認で神奈川選挙区から立候補し初当選。以後、当選4回。社会党副書記長、社会民主党副党首を歴任するが、1997年(平成9年)1月に社民党を離党し、民主党に入党する。その後も、神奈川県の自治労や連合の支持を受け、「アムネスティ議員連盟」事務局長を務めた。
民主党時代
2004年(平成16年)7月11日第20回参議院議員通常選挙では、神奈川選挙区から立候補して4選。しかし、選挙運動の過程で、労働組合による票のとりまとめのための買収工作があったとして、関係者が逮捕され、懲役1年6月・執行猶予5年の有罪判決を受ける。民主党・新緑風会副会長、党広報委員長を歴任。2007年(平成19年)8月、党総務委員長に就任。
民主党の次の内閣では男女共同参画人権総務大臣、法務大臣を歴任する。
法務大臣
2009年(平成21年)9月16日第93代内閣総理大臣鳩山由紀夫の下で法務大臣に就任。「死刑廃止を推進する議員連盟」に所属する議員が死刑執行命令を出す法務大臣に就任したことで、法と持論の間で死刑制度をどう考えていくか注目されていたが、同月29日に同議員連盟を外れる意向を示した。また、法務大臣による検事総長への指揮権については「慎重にしなければならないが、検察の行き過ぎがあれば指揮権の発動は制度としては認められている」と述べ、歴代法務大臣より踏み込んだ考えを示した。
2009年11月17日、自民党の棚橋泰文から鳩山由紀夫首相の脱税疑惑(鳩山本人は実母からの資金提供は贈与であるとして修正申告を行っているため、事実上脱税行為を認めている)についての質問の際に、憲法第75条(国務大臣は在任中、内閣総理大臣の同意が無ければ起訴されない)と言う条文を存在しないと述べた。なお、千葉のこの発言を受け、棚橋は法務大臣秘書官に憲法の条文を千葉法相に見せるよう求め、千葉は条文を確認し訂正。棚橋は「あなたは法務大臣なんだからせめて憲法の内閣に関する規定くらいは読んでおいて下さい」と苦言を呈した。
活動
- 1999年8月5日、日の丸・君が代を国旗・国歌とする法律(国旗及び国歌に関する法律)について反対票を投じた。
- 2002年10月22日、国会代表質問で政府が民間給与との格差是正のため国家公務員給与の引き下げを実施することについて、自民党を中心とする政府の経済失政が民間給与の落ち込みを招いたと指摘し、官民格差の是正によって、給与所得を抑制することは問題があると指摘した。2004年10月14日、参議院本会議で、小泉総理所信表明演説に対して質問を行う。千葉は第2次小泉内閣 (改造)について、「今般の閣僚、党三役の顔ぶれを見る限り、民間人の登用はゼロ、女性閣僚もたった二人、大変失礼ではありますが、新鮮味のない顔ぶれでした」と皮肉った。ただし、後に自身が法務大臣として入閣した鳩山由紀夫内閣も民間人の登用がなく、女性閣僚が二人という構成となった。
- 2006年4月26日、『共謀罪に反対する超党派国会議員と市民の緊急院内集会』の呼びかけ人の一人となる。
- 2007年6月25日、安倍首相に対する問責決議案を提出した。[http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/166/0001/16606290001039a.html(結果は否決)
- 政権交代による入閣までは「児童買春・児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律の一部を改正する法律案」の担当を行っていた。児童買春・児童ポルノ処罰法改正検討チームの座長として見直し時期となっていた同法改正に取り組み、民主党側改正案を取りまとめたが、改正案は2009年7月の衆議院解散により与党(自民党・公明党)案と共に廃案となった。同法案改正に関する読売新聞紙上の特集記事においては、単純所持規制には冤罪防止の観点から慎重に、架空創作物規制に関しては分けて考えるべき等の発言を行っている。
参議院法務委員における活動
- 1999年8月11日、法務委員長の荒木清寛解任決議案を提出。その賛成討論において、議長から持ち時間を大幅に越えていることを数回注意されるも、これを無視して発言を続け、「組織犯罪対策関連三法案の審議において、委員長の職権を乱用し、審査の請求や総理大臣に対する質疑の必要性を訴える議員を無視し、委員会の開会を強行した」と糾弾した。
- 2008年12月4日、参議院法務委員会における国籍法改正案審議の「討論」段階では、各党とも特に発言を行わずにそのまま採決に入り可決させる流れが事前の与野党折衝で取り決められていたものの、採決直前に自民党の丸山和也委員が突如発言を求める。澤雄二委員長(公明党)は一旦発言を許すが、委員会理事の千葉は「黙れっ!」「座れっ!」「もう帰れっ!」と大声で自民党の約束違反として抗議。これを受けて委員長は速記を止めさせ審議を中断する。ほどなく委員長は審議を再開し、「特にご意見もないようですので」と挙手採決を行い、議案は全会一致で可決された。千葉は国籍法改正の付帯決議案を朗読している。参議院のインターネット中継で流れたこの様子は、動画サイトに転載された。
「在日韓国人政治犯釈放の要望書」署名に関する発言
1989年「在日韓国人政治犯釈放の要望書」に署名。政治犯の中に、北朝鮮による日本人拉致問題の容疑者・辛光洙が含まれていた。
2009年9月、鳩山内閣に千葉が入閣する際に、この釈放問題は北朝鮮に誤ったメッセージを送ることになると指摘されたが、総理大臣の鳩山由紀夫は「(同じく署名をした新閣僚の菅直人と千葉が問題のある行動をしたことについて)過去は問わない」と説明した。
この件について、千葉は「何故自身がこの様な問題のある署名にサインをしたのか調査する」と述べた。同月29日、千葉は産経新聞のインタビューに対し、署名をしたことについて「まあ、『うかつだったのかな』という気持ちはある。誤解を招くような結果になったのは、大変申し訳ないという気持ちではある」と釈明した。
2009年11月5日の衆院予算委員会にて稲田朋美自民党議員からこの件を追及された際には、辛が釈放嘆願のリストに含まれているのに気付かなかったと答弁している。
11月17日の法務委員会での答弁において、棚橋泰文自民党議員からこの件を追求された際には「かなり前のことなので覚えていない」「調査不十分で不注意であった」と答弁したが、撤回要求に対しては「辛光洙に対してのみの署名でないので撤回しない」と答弁。棚橋から辛元死刑囚による拉致被害者の名前を質問された際には、拉致被害者の1人・原敕晁の「敕晁」を読めずに「原さん」とだけ答弁した。
その後、署名について追及されると「署名内容は現在調査中であるため、お答えできない」と訂正し、さらに法相就任直後に署名内容の調査を始めたと主張したが、調査を命じた相手の名前や役職は明確に回答できず、2ヶ月に及ぶ調査がありながら現在まで結論が出ていない理由は全く述べられなかった。なお、同答弁において千葉は「北朝鮮工作員の味方であるように言われるのは心外である」と述べたが、最後まで署名の撤回については「調査中であり返答できない」という主張を繰り返した。
少年法の厳罰化への反対
- 2007年4月27日、参議院本会議において、政府が保護観察の強化などを盛り込んだ少年法改正案を提出すると、千葉は『凶悪な少年犯罪を作り出すのは社会が原因であり、少年法の厳罰化は、児童の更生に全く役に立たない』と強く反対した。
不法入国・不法滞在への対応
- 1989年、「在日韓国人政治犯釈放の要望書」に署名する
- 2006年3月27日、出入国・在留管理を強化し、テロリストや不法入国などのブラックリストに符合した外国人を直ちに強制退去させる出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案に反対し、『指紋採取の入管法改正は大問題~3/27緊急集会』の呼びかけ人となる。
- 2006年11月、法務省入国管理局が難民不認定処分と国外退去処分を下したイラン人に対して、処分の取り消しを求める運動の呼びかけ人になる。
- 2007年8月、法務省入国管理局が退去強制命令を下した1997年に観光ビザで来日し、神奈川県川崎区に不法滞在していた韓国人の家族に対して、撤回を求める働きかけを精力的に行う。2007年10月30日、テロ防止のため入国・再入国のたびに、指紋と顔情報の提供を義務づける「日本版US-VISIT」に反対し、『「テロ対策」と日本版US-VISITを考える院内集会』の呼びかけ人となる
- 2009年9月30日、法務大臣として「(不法入国者やオーバースティの外国人が)日本に長年定着し、罪を犯したりすることなく一生懸命働き、家族も日本がふるさとのようになっている人に『帰りなさい』というのはねえ。日本社会もそういうみなさんの力で成り立っている。少子化などもあり、日本に寄与して地域の一員になっているみなさんに温かい目を向けていく方向にしていきたい」と産経新聞のインタビューに答えた。
- 2009年10月9日、最高裁判所から中国残留孤児と血縁関係がないと判断され、大阪入国管理局から国外退去を命じられていた姉妹に対して、法務大臣の権限で在留特別許可を認めた。この件について、自民党の稲田朋美から、彼等が不法入国者である事を隠して生活保護を受けていた点を国会で指摘されたが、千葉は「法相の管轄では無い」と釈明し、コメントを避けた。
従軍慰安婦問題への取り組み
- 2000年4月福島瑞穂らと共同で戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案を提出した。
- 2002年7月23日、参議院内閣委員会の戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案についての審議において、日本政府の『従軍慰安婦への賠償並びに財産及び請求権の問題は日韓基本条約とサンフランシスコ平和条約で法的に解決している』という見解に強い憤りを表明し、慰安婦の名誉と尊厳の回復を政府が積極的に行うべきだと主張した。[http://www.keiko-chiba.com/reports/kokkai/2002/20020723a.html
- 2002年5月、衆院第二議員会館で開催された「元『慰安婦』の補償と名誉回復のために! 決起集会」に参加し、戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案の成立を訴えた。
- 2006年3月29日、戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案を参議院に提出する。2007年2月21日、マイク・ホンダがアメリカ合衆国下院121号決議を成立させる動きに連動し、米議会の公聴会で慰安婦を名乗り証言した李容洙を招いて開催した集会に参加。米下院に提出された決議案の通過阻止を目的に日本当局がロビイストを雇いロビー活動を行っていることについて非難した。
- 2008年6月10日、戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案を参議院に提出する。[http://houseikyoku.sangiin.go.jp/sanhouichiran/sanhoudata/169/169-027.pdf(結果は廃案)
- 2008年8月7日、「アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心の刻む集会」実行委員会が招聘した慰安婦を自称する女性を谷岡郁子と一緒に横路孝弘衆議院副議長や江田五月参議院議長に引き合わせ、「日本国民の一人として、深くお詫びします」と謝罪をさせた。2009年11月27日、閣議後会見で、慰安婦への補償や、永住外国人への地方参政権付与を求める市民集会に祝電を送ったことを明らかにした。その上で、法相として集会の内容に賛意を示したことにつながるとの指摘については「参院議員ということで対応した。そういうことは決してない」と述べた。
夫婦別姓制度の推進
- 1999年1月27日、全国フェミニスト議員連盟などが主催する『夫婦別姓選択制と婚外子差別撤廃の実現に向けて市民と国会議員の集い』に参加。
- 2009年4月24日、選択的夫婦別姓制度の導入を柱とする「民法の一部を改正する法律案」の筆頭発議者となる
「子供は国の宝」発言への批判
2007年2月15日、参議院厚生労働委員会で、安倍首相が今国会の施政方針演説で「子供は国の宝」と述べたことについて、「子供は経済や年金のために生まれるのでない。子供は国のために生まれるという発想があるのではないか」と批判した。
ただし、自身が所属する民主党の『次の内閣厚生労働部門 ~民主党の政策提言~』に、「子どもは国の宝」と挙げられており、また、2006年4月に民主党が提出した「小児医療提供体制の確保等のために緊急に構ずべき施策の推進に関する法律」も同じ言葉が使われている。また民主党の議員も郡和子が2006年4月6日衆議院本会議において”子供は国の宝”と述べている。
指揮権発動発言
- 2009年9月21日、テレビ朝日『ビートたけしのTVタックル』にて検察の暴走を抑えるために指揮権を発動するとの趣旨の発言をしたが、同番組中において同じくゲスト出演していた山際澄夫は、検察が民主党小沢幹事長の西松献金問題や鳩山由紀夫総理の故人献金問題などについて捜査を行っているとして、「故人献金の捜索を検察がやるって時に法相がそんな事言うのは大問題だ!!」と批判した。
- 2010年1月19日、民主党・小沢幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入を巡る事件で、同会の事務担当者だった石川知裕衆院議員らが東京地検に逮捕された件について、「個別事件についてコメントはしない」としながらも「一般論として指揮権を発動することはある」と発言した(この点、1989年の自民党竹下政権における高辻正己法務大臣も衆院予算委で、リクルート事件における「検察リークには指揮権発動もありえる」と発言している)。
死刑制度の批判
- 死刑制度に批判的であり、鳩山内閣の法務大臣に就任する直前まで「死刑廃止を推進する議員連盟」に所属していた。就任後に法務大臣としての職務である死刑執行の承認許可を出すかと問われた際、「慎重に検討したい」とだけ述べ、明言を避けたが、2010年2月24日の法務委員会にて「死刑制度がなくなることが好ましい」と死刑制度には反対の姿勢を表明した。また過去の法務大臣で死刑制度に批判的な人物の就任中は死刑が執行されることはなく、千葉の法務大臣就任後は死刑の執行は行われていない。
所属議員連盟
- アムネスティ議員連盟(事務局長)
公約
- 「横須賀港の原子力空母の母港化に反対し、厚木基地のNLPは硫黄島に移転させる」「政府から独立した人権擁護機関を都道府県毎に設置する」「外国籍県民と共生できる社会」などを公約としている。[http://www.news.janjan.jp/bin/diet/councilors/2004/59.html
政策
- 二重国籍を推進している。2003.07.17 二重国籍についての質疑
- 人権侵害救済法を推進している。
- 国籍法改正を推進している。
- 外国人参政権の推進派。
- 夫婦別姓の推進派。
- 外国人住民基本法の賛成派。
- 定着している不法滞在者には温かい目を向けていくとしている。
関連項目
- 民主党 (日本 1996-1998)
- 日本社会党、社会民主党
外部リンク
- トマトクラブ(公式ホームページ)
| 現年齢 | 62 |
| 生年月日 | 1948年05月11日 |
| 人名 | 千葉 景子 |
| 各国語表記 | ちば けいこ |
| 画像 | Chiba Keiko 1-2.jpg |
| 画像サイズ | 80px |
| 画像説明 | 2009年10月16日、法務省にて |
| 国略称 | JPN |
| 出生地 | 横浜市保土ケ谷区 |
| 出身校 | 中央大学法学部卒業 |
| 前職 | 弁護士 |
| 所属政党 | (日本社会党→) (社会民主党→) (旧民主党→) 民主党(横路グループ) |
| 称号・勲章 | 法学士 |
| 世襲の有無 | 無 |
| ウェブサイト | http://www.keiko-chiba.com/ |
| サイトタイトル | トマトクラブ |
| 国旗 | JPN |
| 職名 | 第83代 法務大臣 |
| 内閣 | 鳩山由紀夫内閣 |
| 就任日 | 2009年9月16日 |
| 退任日 | 現職 |
| 国旗2 | JPN |
| 職名2 | 参議院議員 |
| 選挙区2 | 神奈川県選挙区 |
| 当選回数2 | 4回 |
| 就任日2 | 1986年 |
| 退任日2 | 現職 |
| title | Flagicon|日本 法務大臣 |
| before | 森英介 |
| years | 第83代:2009年 - |
| after | 現職 |
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